転倒の話 その③   〜転ばない為に私達が考える事〜

転倒

山吹薫は言葉とは裏腹にずっと目を伏せている桜井玲奈を見る。もちろん同じ病院なのだから見かけた事もあったのだけど、それ以前にも見た事がある気がするのだ。

山吹 薫
山吹 薫

まぁとにかく、転倒のし易い場所は多岐に渡る。家の構造の細かく言えば同じものは無い。生活もそうだから転倒を予防するには、まずその人の生活を知る事が必要だ。そしてそれらに対して対策を講じなければなら無い。

白波 百合
白波 百合

確かにそうっすよね。だから情報収集をするんすけど、でもその人が捉えている自分の生活と、周りから見るその人の生活は全然違うっすもんね。色んな意見を知る必要があるっす!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

そうですわね。介護認定を受けている方でしたらケアマネージャーの方や地域包括支援センターだったり、必要時に情報収集も行うべきですわ。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

それはウチらだけじゃアカン事も多いから、病院のメディカルソーシャルワーカーさんだったりにウチらも相談せなあかんな。

なー!と白波百合と坪井咲夜は互いに顔を会わせる。そうだな。と山吹は返事をしつつ、山吹は過去へと思想を巡らせた。

山吹 薫
山吹 薫

家に帰れるかどうかは、食事の摂取の可否もそうだが、家で上手く動けるか、つまりは転倒せずに生活できるかが判断基準の一つになるのを忘れてはならない。特に転倒をきっかけに入院した方だったら尚更だ。

桜井 玲奈
桜井 玲奈

特に回復期病棟でもカンファレンスで話題になるのはその事が多いですわ。なので私(わたくし)達もしっかりとその生活の背景を知っておくべきですわね。歩けるから、階段を昇れるからといったお話だけでは生活は見えてきませんもの。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

新人の頃はめっちゃ苦労する所やな・・・今もやけど・・・でもいろんな事例を知っておく事がまずは必要やし、カンファレンスの前にちゃんと相談して対策を練らなあかんわな。

白波 百合
白波 百合

そうっすよね。患者様もそうっすけど、先輩にも良く突っ込まれる所っすからね。今でもそうっすけど・・・それでも大切な所っすから!

そういえば短い期間だが学校で授業をしていた事もあったなと山吹は思い出す。その当時、働きつつ学校での授業を掛け持ちしていた内海青葉の臨時ではあったのだけど、確かにこうやって授業をしていた事もあった。遠い昔だなと山吹は思う。

山吹 薫
山吹 薫

その判断基準となるのが、まずは病棟での生活だ。自身のベッドからトイレまでの動線上を危険なく歩けるか。自立していれば問題は無いが、見守りが必要であったり、介助が必要である場合には自宅でもその必要がある。決してリハビリ中の動作だけでは判断する事はしてはいけない。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

そりゃそうやな。それに夜間帯もまたそうやな。視界が十分で無い状態でフラフラしてしまうと、自宅に帰っても転倒のリスクはあるしなぁ。

白波 百合
白波 百合

それに病院ではベッドっすけど、自宅は布団って方も多いっすよ!病室を布団に変える事は難しいっすからその練習も必要っす。他にも万年床って訳にもいかないっすから、布団を畳んで片付けると行った事も必要っすね。

桜井 玲奈
桜井 玲奈

ですわね。だけどもそれはとても難しい事ですから、思い切ってベッドに変えるのも必要ですわ。転倒を繰り返すならば尚更ですし、入院中にスタッフに相談して自宅の段差の解消や手すりを設置すると言う事も重要ですわね。家に帰ってから自分でやるのは大変ですもの。

見た目は覚えていないが、何だかこの声はやはりその時に聞いたものだと山吹は思う。生徒ととは殆ど会話はした事が無く、質問に答えるくらいだったのだけど。

山吹 薫
山吹 薫

環境面への関わりは退院直前では無く、余裕を持って考えておく必要があるな。長い目で見ると後々の転倒予防にもなるから最重要だと僕は思うよ。

白波 百合
白波 百合

あっそれにやっぱりなぜ転倒するかも指導が必要っす。生活場面の他にも姿勢が重要っすね!年齢を重なるとこう背中が曲がるっすから、頭が前に行くと爪先が上がりにくくなるっす!

桜井 玲奈
桜井 玲奈

頭は人の体でも随分と重いですからね。その重心が前方になったり、背中が曲がると股関節も前に動き難くなりますわ。相対的に常に曲がっている訳ですしね。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

そんで若い時みたいに足がパッと出るバランス反応が出ればええけど、瞬発的な力も落ちてしまうねんから、それも難しくなるわな。それで今までは躓かなかった所で転んでしまうんやね。

そうだ。その時によく質問してくる子が居たなと山吹は思い出す。その時の声は覚えているのだが、その娘は長い黒髪を三つ編みにしていてメガネも随分と厚かった。目の前の桜井とは見た目が全然違うのだ。

山吹 薫
山吹 薫

そして高齢者の多くが慢性的な疾患を患っている事も忘れてはならない。その進行により息が苦しくなり動き難くなる、酷く倦怠感を感じてしまう事から活動量が日々減少する。服薬管理が十分でなかったらそれは確かに起こる。そして認知面が低下してきているなら尚更危険だ。

白波 百合
白波 百合

ふむ。そうやって食事が取れ無くなったら体が衰えて、フレイルやサルコペニアの状態になるんすね。それで体が動き難くなる。

桜井 玲奈
桜井 玲奈

そうやって徐々に衰えてきた体で、いつもと同じような事をしようとして、体や判断が追いつかずに転倒してしまう。これもよく経験する事ですわ。

坪井 咲夜
坪井 咲夜

何事も早めの予防と症状のコントロールが必要って訳やな。動ける間にしっかりと環境を整える。でも難しいもんなぁ・・・

山吹 薫
山吹 薫

全ての人が専門家ではないからな。だけども昨今はインターネット上でもパンフレットが公開されている。さすがに良く出来ているから『高齢者 転倒予防 パンフレット』と検索してみると良い。僕らも本当に参考になるよ。

ふむふむ。と三人は頷いている。確かに思い出せば学校の先生のような気持ちだなと山吹は笑みを浮かべる。まぁその時には、やたらと睡眠に耽る生徒も居たのだけど。山吹はため息を吐き、ところで・・・と口を開く。

山吹 薫
山吹 薫

桜井君・・・もしかして君は昔僕の授業を受けた事があるか?短期間の臨時ではあったのだけど・・・

桜井 玲奈
桜井 玲奈

えぇ!えぇ!そうですの!もしかして思い出して貰えたのですか!?薫様!!

坪井 咲夜
坪井 咲夜

薫様ってなんやねん!って事は玲奈と百合は同級生やから・・・

白波 百合
白波 百合

えぇー!なら先輩は・・・自分の先生だったんすか!?

赤面し顔を両手に埋める桜井の横で、白波もまた派手に手足をバタつかせている。なるほど、よく寝ていた生徒の正体はコイツかと。山吹はそれもまた合点がいった。

白波百合のノート 91

・転倒予防は動けるウチに、長い目で早めに行っておく。何事も予防が大切。

・転倒予防のためのパンフレットはインターネットでたくさん調べられるっすから要チェックっす!

・先輩は・・・学生時代の短い期間っすけど、自分の先生だったっす!なんで気がつかなかったのだろう・・・

【これまでのあらすじ】

『内科で働くセラピストのお話も随分と進んできました。今まで此処でどんなことを学び、どんな事を感じ、そしてどんなお話を紡いできたのか。本編を更に楽しむためにどうぞ。

【これまでの話 その①】

【これまでの話 その② 〜山吹薫の昔の話編〜】

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理学療法士。作家。つむぎ書房より『看取りのセラピスト』を出版。理学療法士としては、回復期から亜急性期を経て、ICUを中心に働き内部障害を中心に患者へと関わる。ご連絡はこちらからも→Xアカウント(旧Twitter)@tanakan56954581 他にも多くの小説ストックあります。

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